
往年の映画ファンにとってみれば、現在の“高橋惠子”よりは旧姓の“関根恵子”の方が、はるかになじみ深いだろう。「TATOO[刺青]あり」で組んだ高橋伴明監督と82年に結婚して以降も、数多くの映画やTVドラマに出演しているが、やはり彼女の代表作は、“レモンセックス”路線と言われた大映製作の一連の青春映画である。
関根恵子は、中学卒業と同時に北海道から上京して大映へ入社。1970年に「高校生ブルース」で主演デビューを果たすと、弱冠15歳にしてヌードも辞さない体当たり演技と、スラリと伸びたしなやかな肢体が一躍注目され、主演映画を連発。旧大映末期を看板女優として支えた。
だが、そんな彼女の目覚ましい活躍も、すでに死に体となっていた大映にとってはあだ花の域を出ず、結局、翌71年に倒産してしまう。その後は東宝へ移籍し、「神田川」(74年)「青春の門」(75年)などの話題作を世に問うが、20代前半の彼女は、彼女をスターダムに押し上げた“早熟”という魅力が災いし、自殺未遂騒動(77年)、駆け落ち失踪事件(79年)などを起こして、売れっ子女優としては致命的な痛手を負う。
80年に芸能界復帰を果たすものの、一度着いてしまった“プッツン女優”のイメージを払拭するのは不可能と思われた。ところが、起死回生で挑んだにっかつロマンポルノ「ラブレター」(81年)が女性客を呼び込む異例のヒットとなり、さらに高橋伴明との結婚&改名も手伝って、以降は現在に至るまで安定した女優人生を歩んでいる。
関根時代の彼女は、大映が倒産するわずか2年の間に7本の映画に主演した。中には名匠・増村保造作品も含まれるが、ほとんどは彼女のヌードと思春期の性への目覚めを赤裸々に描いた内容が、スキャンダラスな話題をさらったレモンセックス作品だ。
今週お届けするのは、鮮烈なデビュー作から篠田三郎との黄金コンビが誕生するまでの、最初の主演映画4本。もし今回の特集が好評なら、続く作品群も取り上げていきたいと思うが、それは皆さんのアクセス次第である。
デビュー作「高校生ブルース」(70年)は、高校生の妊娠や堕胎問題を扱って、「私のお腹を思いっきり踏みつけて」「私たちがやっていることは殺人よ」と訴える彼女の迫真の演技が印象的だ。続く第2作「おさな妻」(70年)こそ、彼女の生涯の代表作と呼べる1本。子持ちのやもめに嫁いだ女子高生の新婚初夜ものという色メガネで見られがちだが、“夫婦の成長”を丁寧に追った、今の時代にも通用する普遍的でむしろ教育的なストーリーと言える。第3作「新・高校生ブルース」(71年)は、第1作の続編ではなく、童貞喪失に躍起になる3人組が愛の大切さに気づくまでを描く、これまた王道の青春模様が爽やかだ。そして第4作「高校生心中 純愛」(71年)は、タイトル通りの純愛を描いたクラシックな心中もの。デビュー作で一共演者だった篠田三郎が本作で相手役に昇格し、続けて「樹氷悲歌」「成熟」とコンビを組むことに(篠田にとっては、「ウルトラマンタロウ」で名をなす以前の代表作)。
わずか15~17歳で出演したとは、到底思えない女優・関根恵子の早熟ぶり。と同時に、あどけない少女のはにかみも垣間見せ、往年のファンはもちろん、今の “萌え”好きアキバ系チェリーボーイたちのハートも、必ずや鷲づかみにするはずだ。
文・外山真也
2009.4.3更新
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